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2005年 11月 03日

ダブルクロスシナリオ「Hand Of Justice━正義の手━」をプレイして

http://d.hatena.ne.jp/Hellbaby/20000201

 こちらに掲載されているシナリオを、今日、GMして頂いた。
 よいGMであったことと、PLが慣れていることがあって、セッションはとても楽しく遊ぶことができた。
 ただ、そこでひとつ、ちょっと面白いというか、自分自身とても参考になる事態を目撃したので、ここに記しておく。

 目撃した事態というのは、アドリブについて。



 私はPC4で参加した。
 PC4は、UGチルドレンであり、シナリオロイスとして、敵ジャームが割り振られる。不思議な少女に出会い、オープニングの段階で、彼女がファルツハーツエージェントであることに気づく。その後、捜査すると、彼女の両親を殺したのが、キャスト4すなわち自分自身であることを知ることになる。すなわち、自分自身が、彼女がジャーム化した原因を作り出したことが明らかとなるのだ。これが、今回のPC4の立ち位置だ。
 そして、ここが重要なのだが、シナリオの想定では、PC4は以後、彼女とクライマックスの対決まで出会うことはない。クライマックスで彼女と対面し、初めて会話するのだが、そこでも彼女は、PC4が両親の仇であることに気づいていない(情報項目でも、仇であることを知らないと明記してある)。つまり、PC4は、一方的な罪悪感に苦しむことになる。

 ところが、今回のセッションでは、オープニングで彼女がエージェントであることには気づいたのだが、自身が彼女の両親の敵であることを、PC3に先に調査されてしまった。
 この段階で、私は、「じゃあ、僕は調査する必要がないな、むしろ、知らないで最後までいった方が面白いかも」と、他の参加者に話しかけた。
 この前提でGMは、上記のとおりふたりの再会シーンを設けることなく、クライマックスで初めて対面することになった。
 そうなると、PC4は、一方的な罪悪感を感じず、ただ、善悪の区別がつかない幼いファルツハーツエージェントを、苦々しい思い(そりゃ、幼子を倒すのは、後ろ暗い気持ちになるだろう)で倒すことになる。PC4の感情において重要な、一方的な罪悪感が欠如してしまい、カタルシスに欠ける事態になってしまうわけだ。
 まあ、幸運なことに、PC造形として、PC4をUGチルドレンでありながら「日常に憧れる」少女として描いていたため、任務一辺倒ではなく、日常の一部としてであったはずの少女を倒すことに過大なプレッシャーを感じる結果となった。そして最後にエンディングで、PC4自身が仇であった事実を知り、さらなる罪悪感にさいなまれるロールをすることで、セッションを終えた。

 さて、ここからが問題だ。
 私がGMだったら、どうアドリブをしただろうか?
 「じゃあ、僕は調査する必要がないな、むしろ、知らないで最後までいった方が面白いかも」と聞いた時点で、私ならば間違いなく、PC4と彼女との再会シーンを設ける。そして、彼女に、PC4が仇であることを気づかせるようにし向ける。その暗い情念を隠し、クライマックスで暴露するようにし向けるだろう。そうすれば、PC4にとって、日常の崩壊はよりいっそう劇的なものとなり(自分が日常と信じていたものは、自分自身で壊したものだったからだ)、より強烈なカタルシスを感じることになるだろう。

 どうだろうか?
 もちろん、反論は色々とあるだろう。これ以外にもアドリブは考えられるだろう。正直、そこまでNPCの設定を変える必要もないし、むしろPLがGMの意図を読んでくれというGMのつぶやきもわかる。私自身も、「アドリブをしなければならない」と、GMに強要するつもりはない。アドリブが苦手であれば、無理強いする必要もないからだ。
 ただ、私がここで面白いと思ったのは、私自身であれば、こういうことを常日頃ナチュラルに考えることなのだが、アドリブが苦手な人(GMさんは、GMさん自身の欠点として、このことを常日頃明言している)は、そもそも、そういう発想すら出てこないということを、実感したからだ。
 アドリブが苦手な人は、すべからくアドリブが上手くなるべきだと言うわけではない。
 私がここで明示したいのは、方法論の提示である。方法論。アドリブを成功させるコツ。いままであまり論じられてこなかったことだろうと思い、ここで参考までに、実例とともに明示しよう。そう、思っただけである。

 アドリブを成功させるコツとは何か?
 それによって、両者の関係にどのような変化が生じるか? そのことに注意することである。
 つまり、PCとNPCとの関係が、当該行為、当該不作為でどう変化するのか? その変化は許容できるのか? 許容できなければ、どうすればその変化を修正できるのか? そういうことに注意することだろう。
 今回の例で言えば、調査の不作為によって、「一方的な罪悪感」の欠如が生じてしまう。では、それを補うにはナニが必要か? その、意識であろう。

 ここで私は、「関係」と一言で言いきった。だが、物語が、関係の差分によって築かれることを知っている人は少ない(これは、民話学や情報学でわりと真剣に論じられていることだ)。……アドリブ、すなわち物語の変化とは、個々のシーンや登場人物の「関係」によって築かれていくものである。

 なにか、参考になれば幸いである。
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by hiduka | 2005-11-03 21:34 | TRPG全般


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